代表メッセージ
「美唄」が秘める“真髄”の発見と発信
もう26年も前のことです。北海道庁で初めて「課長」という立場になった時、課内の職員に呼びかけ「男声合唱団」をつくったことがあります。組織社会は肩書きが全てと言っていい縦社会ですが、「肩書きのある時もない時も」、そしていずれ到来する、組織から解き放たれた時も、同時代を共に生きた水平関係の友でありたい、との願いをこめて呼びかけたのでした。その時産声を上げた小さな歌声の輪は、四半世紀を越えてなお消えることなく継続し、メンバーの多くが肩書きを過去に置いてきた今も、ゆっくりと時を重ね続けています。
その「道庁男声合唱団」のメンバーが、団歌のように、どんな時にも声を合わせ続けてきた歌があります。「大雪よ」(詞曲・阿部佳織)という北の大地がテーマの楽曲です。なぜ歌い続けてきたかといえば、そこに込められた「メッセージ」に団員の誰もが心魅かれるものがあったからです。
この詞の中の「君」は、北海道の中央部に裾野を広げる、アイヌ語で「カムイミンタラ」と呼ばれる「大雪連山」のことです。人が歩む道のりは、“順風満帆”の時ばかりとは限りません。俯き、うな垂れる日々も少なくないはずです。そんな心縮む季節にある時、大きく胸を広げて待っていてくれる「君」に逢いにゆこう、というのです。その時「君」は、「疲れた体を投げ出し眠れよ・・・」と静かにささやき、「時の流れるままにまかせよ・・・」と静かにほほえんでくれるのです。
「動かざること、山の如し」という言葉があります。揺れる心に寄り添ってくれる、この“大雪連山”という不動の山並みは、訪れる一人ひとりにとって、懐深い母のようなかけがえのない存在であるに違いありません。人生、順風満帆の時に訪れる観光地は世にごまんとありますが、楽曲「大雪よ」は、大雪連山の持つ、その地ならではのオリジナルな魅力を表現していると言えないでしょうか。それは、横並び発想に陥りがちな従来の「観光振興」の視点とは異なる、地域が持つ固有の価値を示しています。量的にはたとえ少数だとしても、その土地が持つ魅力の“真髄”に突き動かされた旅人の存在は、やがてそこに住む人の誇りや喜びを育んでくれるはずです。最近流行りの「関係人口」の大切さは、そこにこそあると言えるでしょう。
今、日本中のどこの地域もが、「観光振興」を地域づくりのキーワードとして、「イベント」ごとを繰り広げ、数的拡大を競い合っています。しかし、その数の奪い合いで未来が拓けるのでしょうか。答えは、明らかにノーです。
1992年から創り続けられている芸術空間「アルテピアッツァ美唄」。そのスタートに当たって、彫刻家安田侃さんは、「世界一の美術館をつくりたい。その基準は面積か、入場者の数か、作品の数か?そうではなくて、何を感じてくれたかを評価の基準としたい」。そしてこう付け加えました。「一年に二人でも感動してくれる人がいたら、それでいい・・・」。「二人だけでいい」と言っているわけではありません。“真髄”に触れた「二人」の存在が、やがてさざ波のように、大きな流れを呼び覚ますことになる、私はそう信じています。
経済がなによりも優先されがちな中で、量の拡大に依拠せず、心に響く佇まいを守り続けている芸術空間・・・。時代に翻弄されてきた地域が、時代の変化に揺るがない価値の創造を目ざした挑戦を続けているのです。
私たちが、この美唄というフィールドで、四半世紀にわたって取り組み続けてきた「アルテピアッツァ美唄」は、「大雪連山」にも似た不動の「場づくり」といえるかもしれません。数年前、アルテピアッツァ美唄のギャラリーで開かれた「思い出の炭鉱写真展」で、美唄の山並みを背景に、かつての炭鉱町の賑わいを写し撮った写真を見たことがあります。その街並みは寂れ果て、今や面影もありませんが、写真の添え書きにこうありました。「風景は変わりましたが、山の稜線は変わっていません」。
変わらない姿でそこに在り続ける山容に、深い愛着を覚えます。まさに「変わらない」価値というものがあるのです。人は、年とともに変わっていかざるを得ないものですが、アルテピアッツァ美唄が、なぜ多くの人の胸を打つのかといえば、その理由(わけ)の一つは、変わっていく自分を確認することのできる場所だからなのではないか、私はそう思うのです。アルテピアッツァ美唄という芸術空間は、変わることのない不動のものとして在り続けることで、美唄ならではの固有の魅力を磨くことになる・・・。それは、全国の至る所で繰り広げられている観光地づくりとは、明らかに異質な視点です。美唄をキラリと光るまちにする上で、この、世界に稀なる“場”の存在を、地域の誇りと希望を創造していくための切り札として駆使するのでなければ、「惜しみて余りある」と言わざるを得ません。その存在感は、他の追随を許さない、この地ならではの唯一無二のものであり、時空を超えていく価値、と言っていいでしょう。
今、この美唄で、農泊推進事業を通じたまちづくりが、多くの皆さんの協力と尽力を得てゆっくりと進められています。こうした取り組みを通して、この「美唄」というまちが、「過去」を「未来」に活かしていく視点で、この地が秘める価値を深く見つめ、理解し、その意味する「もの」「こと」を発信することで、“真髄”に共感する人たちの輪を世界に広げていきたいと願っています。
びばい食農アートまちづくり推進協議会
代表 磯田 憲一