喫茶 鹿 / Coffee Shika(Deer)


こんな喫茶店が近所にあったらいいなと思い浮かべていた通りのお店が美唄にあると知ったときは、とても嬉しかった。鹿が躍る看板を愛でながら扉をひらくとシャンデリアの光が穏やかにきらめき、椅子の掠れた金華山織は多くの人がこの場所に惹かれてきた歴史を思わせる。創業から7年後の1983(昭和58)年から使われているこの店舗は店主の藤島さんがデザインから職人たちとイメージを共有しながらつくりあげたもので、美しく居心地が良い。美唄に大学があった頃は学生さんも多く通い、今も札幌に出張に来たからと足を延ばしてくれる人もいると聞く。地元の常連さんがメインの客層でありつつ新しく訪れる人も過ごしやすいというのは美唄の多くの店で感じることで、鹿はその筆頭のように思う。

コーヒー付きのランチセットから始まり食事・デザート・ドリンクが次々と並ぶ豊富なメニューと、手際のよさも魅力。一人で過ごすぶんには同じメニューを頼みがちだがたまに人を誘うときには選択肢が多いと有難いし、あまり時間が無いけれどさっとアーモンド・オレを飲んでから動きたいというときにも気軽に寄れる。ランチタイムは近くで仕事をする人たちでにぎわい、じゃあいってくるよ、と言わんばかりに作業着を肩にかけながら仕事場へ戻っていく後ろ姿は絵になる。暮らしの場でも、旅行先でも、喫茶店は魅力的な立寄り先。のどの渇きや空腹をいやす場であると共に、各自にとってのリビングとなり、書斎となり、あるいはその土地らしさを感じる小世界ともなり、喫茶店の存在は街にとって大きい。

美唄の短い秋が終わる頃に、最近元気がないしお腹も空かないと話しながらランチ代わりに甘い飲み物を頼もうとしたら「食べないから元気が出ないのかもよ。ごはん少なめにもできるから食事メニュー食べてみる?」と返してくれて心が和らいだことを折にふれては思い出す。ちょうどよい泡立て加減のクリーム、食べやすくスライスされたフルーツ、優しい味わいのパンのバランスが絶妙なフルーツサンドも心の平安に欠かせない。学生時代にお世話になった保健室に通じるものも感じる。なお、多くの人の定番となる可能性を秘めているとにらんでいるのが、アイスコーヒーをメインとしたパフェ・キリマンジャロのスノーパウダー。くたびれたスーツ姿の男性が迷わず頼んで黙々と食べる姿を見かけたときは、あまりにしっくりきていて憧れた。いつもお店を出るときに心がすこしほぐれているのは、藤島夫妻やここで時間を過ごしてきた一人ひとりが育んできた空気故か。鹿にはこの土地にずっと在り続けてほしい。